ボクが染み抜きの職人になってから、かれこれ25年ほどになります。
自分で言うのもなんですが、それなりに自信を持ってお客様に提供出来る技術力を持っていると自負しています。
それでも、やっぱりどうしても直せない物もあります。
そんな時は、自分の無力さに打ちひしがれます・・・
先日、法衣の染み抜き品をお預かりさせていただきました。
そのお品物のトラブルは、仕上げのアイロンがけをしていた時に、下に敷いていた敷物の樹脂のような物がアイロンの熱で溶けて、それが法衣にベッタリ付いてしまったという物でした。
これ、染み抜きを生業にしている方はよーーく分かっていただけると思うんですが、まぁ、まず落ちないシミなんですよね。
ですので、お預かりさせていただく際も、染み抜きは難しい可能性の方が高いということをお伝えしてお預かりさせていただきました。
とはいえ、預かったからには最善を尽くさねばなりません。それがプロですから。
これまで培われた知識と経験をフル動員して、この難題に取り組みました。
ですが、やはりビクともしません。
どうしたものか?
思案をした結果、知識が豊富な同業の友人に相談しました。
これこれこういうシミが落ちないんだけど、何か良い方法はないですか?と。
すると、こういう薬品があるよ、と教えてくれたので、材料屋さんにすぐに注文して持ってきてもらいました。
一縷の望みをかけて、早速試します。
願いも虚しく、やはりビクともしません。
いよいよ困りました。とうとう万策尽き果てました。
当たり前ですが、手間賃仕事と言っても、シミが落ちなければどれだけ手間をかけても料金はいただけません。
つまり、ちょっとやらしい話ですが、落ちないシミの染み抜きに時間をかければかけるほど、報酬を得られない労働を重ねることになりますので、どんどん赤字になっていくわけです。
これはいよいよ「すいません。やっぱりシミは落ちませんでした」と返品する時が来たのかもしれません。
手間も最善も尽くしましたから、仕方がありません。
ですが、これを落ちませんでしたと返すと、おそらくこのシミのトラブルを起こした人は、何らかの責任を負う可能性があります。例え責任を負わなくても、心穏やかではいられないでしょう。
そう思うと、やはり簡単には「直りませんでした」とは言えないのが人情ですから、もう一度、何か良い方法はないか?と知恵を絞ります。
その時でした。ふと、天啓のように今までとは違う染み抜きの方法が頭に浮かびました。シミが抜けて綺麗になるイメージも湧いてきました。
染み抜きの同業の方なら分かっていただける感覚だと思うのですが、仕上がりのイメージが頭に浮かぶ時って、不思議なことに染み抜きする前にうまくいくのが分かるんですよね(たまに外しますがw)
逆もまた然りで、どんなに簡単そうなシミでも、シミが落ちるイメージが湧かない場合、うまくいかなかったりします。
突然閃いた染み抜き方法で根気良く染み抜きしたところ、見事に落すことが出来ました!
いやー、嬉しかったです。心底ホッとしました。
だって、これで依頼者さんに喜んでもらえますから。
「お任せください」という言葉の重み
いつだったか、もう何年も前ですが、テレビのドキュメント番組で、とあるお医者さんが出演されてました。
その方は、カテーテルでの外科手術をする名医で、全国から他の病院で直らないと言われた患者さんが殺到するんですね。
だから、診察の日以外は手術ばっかりしてて、立ったままの状態が何時間も続くため、背中とか腰とかが張って痛むので、麻酔科医さんに痛む箇所に麻酔を打ってもらって、そして次々を手術をして患者さんを治していく、そんな物凄いスーパードクターでした。
そして、そのお医者さんが外来で診察をする日は、当然のように全国から患者さんが殺到するのですが、全員を診察するために、夜中の1時とかまで診察するんですよ(ここだけの話、スタッフはたまったもんじゃないな、と思いましたw)
朝から夜中までたくさんの患者さんを診察するわけですが、皆さん藁にもすがる思いでそのお医者さんを頼って来ていますから、どの患者さんの診察も真剣勝負です。
そして、患者さんの話を聞いて、ではこういう手術をしましょうということになった時に、その先生が言うんです。
「お任せください」と。
「お任せください」といつでも言える職人になりたい
お任せくださいという言葉、これは重いですよ。
だって、自分が全責任を負うという決意表明ですからね。
そのテレビ番組のスタッフが尋ねます。
どうして「お任せください」という責任を負う言葉を患者さんに言うんですか?と。
すると、そのお医者さんがこんな感じの事を言います(すいません、うろ覚えですw)
「患者さんは私を頼って来ている。ならば、自分が責任を持って何とかする、と言って安心させてあげるのが責務だから」
これを聞いた時、心にガツンときましたね。
患者さんの命を預かるお医者さんが「お任せください」と言い切る。
この覚悟は半端ないな、と。
「着物のお医者さん」などとも呼ばれることのあるボクの仕事ですが、本物のお医者さんに比べれば、責任の重さは比べようもありません。
お医者さんが言える言葉を、染み抜き屋が言えなくてどうする。
そんな風に心に響きました。
その時から(それまでもそうでしたが)、ボクは技術と知識を磨き、一人でも多くの依頼者さんに「お任せください」と自信を持って言えるように、日々勉強と努力をしています。
ですから、自分の知らない技術を教えてくれる人がいれば、誰であろうと教えを請います。お金で買える物や情報も買います。
それが出来ない人は、要はお客さんのことなんて考えてなくて、自分のちっぽけなメンツを守ることしか頭にないんですよ。
それをプライドだと言うのなら、ボクとその人達の考える仕事におけるプライドの定義は違うんでしょうね。
以前から座右の銘のように、ずっと言っている言葉があります。「職人は誰かに必要とされてこそ、その存在意義がある」
ボクは、その言葉を胸に、「お任せください」と言える職人になりたい。